HA-213

2014/07/24 作成
2022/03/14 更新

IC式ステレオ・MCヘッドアンプ

超低雑音OPアンプを使用したMCヘッドアンプ

HA-213 - front view
概略仕様 ゲイン:30dB. 入力インピーダンス:100Ω
使用OPアンプ LT1115 x2、LT1097 x2.
外形寸法 340(W) x 44(H) x 232(D) mm (突起物含まず)、重量:?kg
コスト 約2.7万円
履歴 2004年ヘッドホン・アンプとして設計開始. 2010年MCヘッドアンプとして再設計. 2010~11年にかけて製作. 2014年 Gaudi で使用開始. 現在 Gaudi II で使用中.

以下の内容は、旧ホームページ「とのちのオーディオルーム」からコピーしたものです。用語の変更など一部編集しています。


コンセプト

最初のコンセプト

元々本機はヘッドフォン・アンプとして企画したアンプでした。特にヘッドフォン・アンプが欲しかったわけではなかったのですが、チャンネル・デバイダーCD-211 A-NETを製作するときに、誤って買ってしまったケース(タカチ工業WS44-32-23)を再利用するために本機の製作を決定しました。
このケースは、注文するときに型番を間違えてしまって購入したものです。CD-211用としては、サイズが小さすぎ、天板と底板が鉄製であることが問題でした。
このスリムなケースに収めるのは、ヘッドフォン・アンプが最もふさわしいと考えました。私はヘッドフォンで音楽を聴くのは好きではありませんが、ヘッドフォン・アンプがあれば、システムのチェック等案外利用する機会があるかもしれません。小型・薄型のケースなので、置き場所も何とか確保できそうでした。

新たなコンセプト

すぐにヘッドフォン・アンプとして回路設計を終え、パーツのほとんどを買いそろえたのですが、製作には取り掛かりませんでした。前述のように、どうしてもヘッドフォン・アンプが欲しいというわけではなかったからです。いつか暇ができたら、製作するということにして、しばらくは放っておくことにしました。そして、その後は製作意欲がますますなくなり、放置したままになりました。

2010年になって、急きょMCヘッドアンプが必要になりました。愛用のカートリッジGRACE F-14MRの交換針が寿命を迎えたためです。F-14の交換針(マイクロリッジ針)の価格は、いつのまにか5万円近くに上がっていました(2014年現在、10万円近い価格となっています)。それだけ金を出すのだったら、新しいカートリッジに換えたほうが良いと判断しました。また、ハイグレード・カートリッジの中にはMC型が多いので、MC型が使えるようにヘッドアンプを作ることにしました。

私はHA-213をヘッドアンプとして再設計することを思い立ちました。ケースの大きさも丁度よく、電源トランスを含む電源回りの部品がそのまま流用できると考えました。そうすればコストをかなり低く抑えられます。このときになってもヘッドフォン・アンプの必要性はあまり感じていなかったので、ヘッドアンプに作り変えることにしました。型番はそのままHA-213としました。元々のHAはHeadphone Amplifierの略ですが、今度はHead Amplifierの略となりました。


仕様

ヘッドフォン・アンプとしての仕様

ダイナミック型ヘッドフォン用ステレオ・ヘッドフォン・アンプ。

  • 最大出力: 2.2W + 2.2W (32Ω負荷時)
  • 電圧利得: -6dB
  • 周波数レンジ: 5-50,000Hz

ヘッドアンプとしての仕様

MC/MM型カートリッジ用ステレオ・ヘッドアンプ。

  • 電圧利得: 30dB
  • 周波数レンジ: 5~100,000Hz
  • 最大出力: 10V
  • 最大許容入力: 300mV
  • S/N比: 80dB以上
  • 全高調波歪: 0.01%以下
  • 残留ノイズ: 手持ちの測定器(Pico Technology ADC-216)の測定限界以下(20uV以下)
  • 付加機能: MC/MM セレクター・スイッチ

設計

回路設計

ヘッドフォン・アンプ

回路設計にはあまり手間取りませんでした。CD-211の製作を通してOPアンプに対して偏見がなくなっていたので、迷わずOPアンプを使うことにしました。出力段には、ディスクリートでダイアモンド・バッファを組み、ヘッドフォンを駆動できるようにしました。
[ヘッドホン・アンプ回路図 (HA-213_HeadphoneAmp.pdf)]

ヘッドアンプ

uVオーダーの信号を増幅するアンプの設計は初めてなので、最もノイズの少ないOPアンプを使用して、シンプルな回路を実現することにしました。
調査の結果、該当するOPアンプはリニア・テクノロジー社(現アナログ・デバイセズ社)の超ローノイズOPアンプLT1115でした。本機の増幅回路は、LT1115のデータシートに掲載されているアプリケーション例をほぼデッド・コピーしたものです。1個のLT1115で増幅を行い、出力コンデンサーを省略するために、スーパー・サーボ回路を採用した回路です。

電源回路はCD-211のそれを踏襲した設計にしました。1) ACラインノイズ・フィルターの使用、2) ACラインのホットとコールドの中間電位をFG(フレーム・グラウンド、シャーシ・グラウンド)電位にしていること、3) 両切りの電源スイッチの使用、4) 電源スイッチをと電源トランスを利用した電源オフ時の平滑コンデンサ放電回路、5) 3端子レギュレータの前後にπ型平滑回路を設けていることなどが特長です。1)~3)はすべてのNOBODYアンプに共通した設計です。

[ヘッドアンプ回路図 (HA-213_HeadAmpRevA.pdf)]

実装設計

ケース内のレイアウトは、正面から見て、左側に電源1次側の部品と電源トランス、中央に整流・平滑回路、右側にアンプ基板を配置しました。
[ケース加工図(Drawing.pdf)]

本機は微弱な信号を扱うアンプなので、振動対策にも力を入れました。インシュレーターは下図のような構造にしました。フェルトは5mm厚です。

Insulator

製作

ケースの加工

メーカー製のケースを使用したため、単に部品取り付け用の穴をあけるだけなので、それほど手間はかかりませんでした。今まで鉄板に穴開けしたことがなかったので、鉄製の底板に穴をあけるのは大変かなと思っていましたが、アルミ板の穴開けと大差ありませんでした。

一つこのケースの重大な欠点に気が付きました。類似のケースをCD-211で使用していながら、なぜそれまで気がつかなかったのか我ながら不思議でしたが、このケースの加工中にようやく気が付きました。このケースは、アルミサッシ・ケースといい、アルミ製のサッシ(一部は鉄製)にアルミ板(前面・背面パネル)を挟みこんだり、鉄板(天板・底板)をネジ止めしたりすることにより、ケースの形をなします。各パーツは電気的にほとんど接触がなく、シールド効果が見込めません。各パーツを電気的に接続する必要があります。
後述のように、前面・背面パネルはワイヤーでFGとつなぎ、天板・底板はサッシとの間に菊ワッシャーを挟むことによって導通するようにしました。

基板の組み立て

CD-211A A-NETと同じ手法を用いました。プリント基板を使わず、1mm厚のベーク板と1mm厚の銅板を貼り合わせたものを基板として用いました。基板上にホット・メルト・ボンドで部品を取り付け、部品のリード同士をはんだ付けすることにより回路を形成しました。
この手法には次のようなメリットがあります。

  • ホット・メルト・ボンドが制振材として作用する。
  • プリント基板と較べると、はんだ付け個所を大幅に減らせる。
  • 銅箔パターンという音質上好ましくない導体を使わない。

基板の寸法や基板上の大まかな部品配置は次の手順で決定しました。

  • 1. Excelのスプレッドシート上に基板に見立てた図形を描画する。
  • 2. 実際使用する部品の画像をスキャナーで取り込む。
  • 3. 部品の画像を、基板を表わす図形の上に並べて、うまく部品同士を接続できる位置に調整する。

下図は実際に描いた配置図です。これはあくまで大まかな配置を表わしたもので、実際の配置は、部品を基板上に実際に置いてみて決定しました。

Part layout

基板は下図のように、ケースの底板に固定しました。ブチルゴム・テープで、基板・底板両方の制振を実現しています。

Circuit board

配線

信号グラウンド(SG)は1.2mmのすずメッキ線を2本撚った母線方式にしました。SG-FG接続ポイント(基準電圧(0V)点)からアンプ基板まで一直線に結びました。
他のワイヤー類に関しては、他のNOBODY作品同様、直角または鋭角に曲げたりせず、ゆるやかな弧を描くように配線しました。また、複数のワイヤーを束ねることはしませんでした。ワイヤーを束ねると、見かけはすっきりしますが、音質は低下します。どうせ蓋をしてしまえば、配線は外から見えないので、綺麗に配線する必要はありません。
なお、OFC線などオーディオ用ワイヤーは使いませんでした。

下の写真は配線終了直後(2010年7月)に撮影したものです。緑のワイヤーはFG線です。サッシと電気的に導通していない前面・背面パネルに接続し、両パネルをFG電位としています。

Wiring

チェックと改良

電源回路の動作チェックや増幅回路の発振の有無など、基本的なチェックをして、異常がないことを確認した後、早速一番気になっていたノイズの測定をやりました。出力に100kΩのダミー・ロードをつなぎ、入力はショートして残留ノイズを測定しました。結果にはがっかりしました。目標の測定限界(20uV)以下をクリアできなかったどころか、0.1mVぐらいのノイズが発生していました。
私の測定機では、入力側の信号(またはノイズ)を測定できないので、カット・アンド・トライでノイズ対策をすることにしました。

まず目をつけたのが、MC/MM切り替えスイッチです。信号の切り替えは、実際にはフロントパネルのスイッチではなく、入力端子付近のマイクロ・リレーで行うのですが、この入力端子からアンプ基板までのパーツがノイズを引き込んでいるのでは、と疑いをかけました。MC/MM切り替え回路をスキップし、入力端子とアンプ基板を直接接続したところ、ノイズが80uVまでに減りました。
私はアナログ・ディスク・プレーヤーPS-104製作以来、複数のカートリッジを使い分けるのをやめ、一台のカートリッジを徹底的に使いこなす方針に転換していたため、MC/MM切り替え機能は重要な機能ではありませんでした。この機能は廃止し、本機はMC専用にすることにしました。スイッチとインジケーターはフロント・パネルに残しましたが、スイッチの位置に関係なく、常にMCのインジケーターが点灯するようになっています。

次に目をつけたのが、入力端子からアンプ基板までのワイヤーです。長さが5~6センチしかなかったので、普通のワイヤーでつないでいました。これをシールド線に換えたら、ノイズは50uV近くまで減りました。微小信号を扱うワイヤーは必ずシールド線にしなければならないことを学びました。

さらにシールドを強化するため、アンプ基板に銅板をかぶせることにしました。

最終的にノイズは約50uVとなりました。ただし、このうちの20uVぐらいは測定器の量子化ノイズです。実質は約30uVということになります。
私はこの結果には満足できませんでした。この値は、プリアンプPA-210 Simplicityのフラット段(最終段)の残留ノイズ(約30uV)より悪かったからです。無帰還の真空管アンプより劣るノイズ・レベルというのは、私には許せませんでした。しかし、さらなる対策を何も思いつかず、さらにローノイズ化するにはケースから作り直さなければならないと考え、一応HA-213は完成したものと判断しました。ただし、完成したとはいえ、一度も試聴することがないまま、失敗作と断定しました。
いつか元のヘッドフォン・アンプに戻すつもりで、押し入れの中にしまいこんでしまいました。

下の写真は完成時(2011年11月)に撮影したものです。

Inside HA-213 HA-213 - back view

自己評価

転機が訪れたのは、2014年3月にカートリッジ(オーディオ・テクニカ AT33PTG/II)とフォノ・イコライザー(Ortofon EQA-333)を購入したときです。
EQA-333はかなりノイズの多いアンプで、本機+PA-210のイコライザー段のノイズと変わらないレベルでした。EQA-333のケースを分解してみると、実装設計がかなりいい加減で、本機の改良前とよく似ていることがわかりました。
もうひとつ問題があって、入力インピーダンスがOrtofon製カートリッジに合わせて低めになっていて(47Ω)、AT33PTG/II(100Ω以上の負荷が必要)を使えるようにするためには、改造が必要でした。
そこで、まずはEQA-333の代わりに本機を使ってみることにしました。

実際に使ってみると、やはりノイズは多少気になりましたが、思ったよりもずっと高音質で、嬉しい誤算となりました。
EQA-333の改造はやめ、設計中のフォノ・イコライザーPE-114 Petitが完成するまで、本機を使い続けることにしました。

ノイズが気になるといっても、サーという耳当たりの良いノイズであり、スクラッチノイズに完全にマスクされる程度のレベルです。演奏中はまったく気になりません。AT33PTG/IIと相性が良いようで、歪感のないストレートな音は、本機の存在を感じさせません。

いつものことながら、測定はあまり厳密に行っていないので、信頼できるデータが残っていないのですが、一応参考のために掲載しておきます。

測定項目 測定条件 左チャンネル 右チャンネル 備考
電圧利得 入力=1.54mV
負荷=100kΩ
30.33dB 30.33dB  
最大許容入力 負荷=100kΩ
無歪最大
284mV 284mV  
最大出力 負荷=100kΩ
無歪最大
9.29V 9.29V  
チャンネル・バランス 入力=1.54mV
負荷=100kΩ
0dB <==  
周波数レンジ 入力=1.54mV
負荷=100kΩ
10Hz-50kHz 10Hz-50kHz 10Hz未満と50kHz以上は、測定器の性能不足のため、測定不可
残留雑音 入力ショート
負荷=100kΩ
50uV 51uV  
全高調波歪 負荷=100kΩ
出力=50mV
0.0066% 0.011% 測定上の誤差が大きく、あまり信頼のおけないデータ

下図に周波数特性を示します。10Hz未満は発振器の最低発振周波数が10Hzなので、測定できていません。50kHz以上は測定器であるPico Technology ADC-216の感度が低くなるため、信頼できるデータがとれないので測定していません。

Frequency response

下図はFFT分析の結果ですが、誤って出力を50mVと低めにしてしまったために、S/N比が極端に悪くなっていますが、実際にはもっと高い値ではないかと思います。どのみち、測定器のADC-216の分解能は16ビットしかないので、量子化ノイズが混じるため、S/N比は実際より低めになります。なお、図は左チャンネルのデータのみを示していますが、右チャンネルもほぼ同等の結果でした。

FFT analysis

本機とカートリッジのオーディオ・テクニカAT33PTG/IIとの組み合わせは、以前に使用していたGRACE F-14MR(マイクロリッジ針つき)よりも高音質に聞こえるので、かなり満足度は高いのですが、それにしても本機が理想のヘッドアンプではないことは確かです。本機のノイズ・レベルの高さは、電源回路にヘッドフォン・アンプ用に設計したものを流用したせいもありますが、最大の原因は出来合いのケースを使用したことにあると思います。
出来合いのケースを使うと、実装設計が大幅に制限され、理想の部品配置ができず、妥協の塊のようなアンプになってしまいます。自作派オーディオファイルの中には、回路設計こそアンプ造りの要と考える方が多いようですが、私の過去40年以上の経験では、回路による音質差は僅かで(もちろん設計ミスがないことが前提です)、音質を大きく左右するのは実装の良し悪しです。本機は急きょ必要になったため、事前のスタディが充分でなかったことと、いつものことですが、あまりお金をかけたくなかったことが重なり、手持ちのケースであるタカチのアルミサッシ・ケースWS44-32-23を使用してしまいました。

タカチのアルミサッシ・ケースは高級感を醸し出す天然木サイドウッドを備え、見かけ上オーディオ・アンプ向けに見えますが、シールド効果、制振効果がまったく考慮されておらず、オーディオ・アンプには向きません。強磁性体である鉄製パーツが使われているのも、好ましくありません。

本機での経験を、今後製作するフォノ・イコライザーPE-114に活かしたいとおもいます。当然、ケースは自分で設計するつもりです。理想的な部品配置を可能にする形状、徹底した静電シールドおよび磁気シールド、および高い防振性能を実現した高性能ケースを目指します。